適応障害からの365日の顛末

適応障害で休職中。回復へのトライ&エラーと、心地のよい暮らしを手に入れる過程の自分日誌。

ランニングを習慣にして3週間:ランニングでの気づきから、調子の悪い時の淡々とした乗り越え方を考える。

休職を機に、ランニングを始め、3週間が経過した。

2週間経過のタイミングとは、走ることへの向き合い方が少し変わってきた気がする。

「よし!走るぞ!」というような気合の入れ方をしなくても、肩の力を抜いてランニングできるようになってきた実感がある。

この感じ方の変化を記録しておこうと思う。

 

 

ランニング・ジョギングの効果

 

ランニング開始 2週間のタイミングのおさらい

以前のエントリーに詳しく記載したが、ランニングを始めて2週間のタイミングで、次のような変化を実感していた。

  • 朝走ると太陽光を朝に浴びるので、午前中に眠くならない
  • 夜の寝つきが良くなり、朝の気分もよい日が増えた
  • 食欲が増した
  • 肌の調子がよくなる
  • 体が引き締まってきた
  • 体重を気にしなくなってきた
  • 自分を大切にしている感じが湧くようになった

 

↓2週間目のタイミングでの振り返りはこちら

 

走りたいと思うようになった

これまでは、どこかしら義務感のようなものを抱えて走っていた。

もともと、「モヤモヤするなら体を動かせ」という主治医のアドバイスから始めたランニングである。「考えがまとまらないんだから、せめて体力をつけなくては」というような気負いもあったかもしれない。当然走る気分がわかない日もあるわけで、そんな日には自分に喝を入れるとまではいかなくても、どこか気合いを入れてランニングに出るような心向きがあった。

が、その義務感から走るという感覚は、知らぬ間に薄れていたようだ。

 

ランニングコースは1周620mほどで、走るときにはそれを何周かするわけだが、中でも、道の両脇に木々が生い茂り、木漏れ日を感じられるエリアがある。

梅雨が明けてから強い日差しがジリジリと痛い日もあるが、このエリアに入ると森の中のように、しんと湿って冷えた空気が体を包み込むのが気持ちいい。日陰を作ってくれている木々の枝に目をやると、木漏れ日が輝いていて頬が緩む。ランニングコースの中でもわたしの好きな場所で、いつもそこに近づくとホッとする。

 

 

特に走るつもりもなく、ただ散歩するだけのつもりで、いつも走っている公園を歩いていたときのこと。

その木漏れ日エリアを目にしたら、なぜか無性に走りたくなった。

それまでは、ランニングコースの風景を見て走りたいという衝動が湧いてくるなんて想像していなかったので、驚いた。まるでパブロフの犬みたいだな。

と同時に、走りたいこと驚くっていうことは、これまでのわたしは走りたいとは思っていなかったのかもしれない、どちらかというと「走らなきゃ」と思っていたことに気づいた。それが「走りたい」に変化したことが無性にうれしかった。

散歩に出たときにはランニングウェアを着ていたわけではないが、幸いランニングシューズを履いていたので、そのまま軽く走ることにした。

たった20分、3km強の距離だったが、走った後はとても爽快な気持ちになった。

 

これまでのわたしは、「走るぞ」と気合をいれて、だいたい決まった時間にウェアを着て、シューズを履いて、家を出ていた。

 

でも、衝動的に、予定外に走ってみた後から変な肩の力が抜けた。力む必要はなくて「走りたいから、走る」のでいい。無理に速く、長く走る必要もない。気持ちいい速度で、気持ちいい距離を、走りたいときに走るんでいいんだ、と思えるようになった。

気負いがなくなったことが肉体側にも自然と現れたのか、物理的にも体に変な力を入れずに走るようになっていった気がする。

 

 

走り方の物理的な変化

肩の力を抜くようにした

わたしはだいたい5kmと距離を決めて、もしくは30-40分間と時間を決めて走ることが多い。もちろん時々は8kmとか、気が向いて10km走るような日もあるけど。

走り始めて5分もすると体が温まって来るのはいつも変わらずだが、20分を超えたあたりから少し疲れてくるときもある。軽く疲労を覚えるときに、どこに力が入っているかというと、脚ではなく肩だったりする。左右の肩を寄せるように、ぎゅっと力が入ってしまっていることが多い。

そんな時は、意識して胸を張り、肩を上下させたあと脱力させる。そして肩の力を抜いたまま、腕を振る。

こうするだけで、20分以降に感じる疲れがぐんと減ったように思う。

 

 

脚の力が抜けた

以前は走っていると腿を中心に、脚が重く感じることがあった。そんな日は、いつもより地面を蹴る脚に力を入れていたように思う。

最近は、脚が重いと思う頻度が以前より下がり、そもそも脚の力を意識することがなくなっている。腕を振っていると自然と脚が前に出る。その自然の動きに合わせていると、特に脚を意識しなくても心地よく走れる気がする。

 

 

目線は少し先、地面を見なくなった

以前は気づくと足元の地面を見て走っていることが時々あった。(参照:過去記事

走ってたら気づいた。ちゃんと前を見てた。

あまり気乗りのしない日はどうしても地面を見てしまったり、疲れてくるとついつい俯きがちになってしまったりする。とにかく、地面を見つめていることに気づく度にハッとして、目線を上げることを意識して走っていた。
でも、このところの1週間は、視野にランニングシューズが入って来ていないように思う。無意識に走る方向の先を見て走れるようになっていた。

 

 

物理的に力を抜いたら、目標ペースで走れた

前回のランニング関連エントリーで、「いつか10kmを60分で、まずは最初の目標として5kmを30分で走れるようにしたい」と書いた。

先に書いたように、普段のわたしは30分ほどか5kmを走ることにしている。最初の目標をクリアするためのペースや距離の感覚を掴む練習になると思ったからだ。

でも、目標達成までにはまだ時間がかかるだろうとタカを括っていたので、特に速度を意識して走ることはなかった。まずは5km走っても疲れないようになること、30分間走っても辛いと感じなくなればいいや、くらいの気持ちでいた。

 

30分と時間を決めてのスロージョグ。その日は、気分よく自分のペースで走れていた。

25分走った段階で、息も上がっていないし、まだ余力があることに気づいた。iPhoneのランニングアプリの画面を確認するとすでに4kmと少しを走っていて、少しペースをあげれば30分以内に5kmに到達出来そうな気がした。

 

アプリが予定の30分経過を音声で伝えてくれるまでiPhoneの画面は敢えて見ないことにして、いつもより少し腕の振りを早くして、体を前に倒して速度を上げる。

30分経過を伝えるアナウンスを聞いてアプリの画面を見たら、なんとか5kmを超えることができていた。

ランニングを習慣化するメリット

 

初心者の小さな一歩だから、ずっと走り続けているランナーからみたら、たいしたことはない。

でも、わたしは誰かと競争しているわけでもないし、比べてみる必要もない。

自分が決めた目標をクリアできた。この清々しさは、たまらなくよかった。

 

 

自分のランニング用のMIXを作りたくなった

走るときには、たいてい音楽を聴いている。ときどきはPod Castで英会話やBBCの英語講座を聞くこともあるけれど、ただ聞き流しているだけでは英語力向上の効果も怪しいので、最近は英語ではなく音楽を聴くことが増えた。

車通りのある道を走る時には、外の音が聞こえるように片側だけイヤフォンをしているが、いつも走っているのは車もバイクも通らない、公園のランニングコースなので、安心して両耳ともイヤフォンを着けている。

 

わたしは、音楽のBPM(Beats par Minute)と自分の足の運びが合っていないと、走りながら居心地の悪い、むずむずとした感じを抱く。音楽のリズムに関しては、少し神経質なのかもしれない。

ちょうど自分の足捌きに合うとわかっている曲が数曲だけあって、ときどき、他の曲も試してみたりする。なんせ、何千曲も持ち歩いてるのだから、試せば他にも同じBPMの曲はあるのだけれど、ペースの合わない曲を選んでしまったときにiTuneで曲を変更する操作をしたりすると走ることに集中できないので、結局いつも似たような曲を聴くことになる。

 

そういえば、ランニングするときにイヤフォンを着けている人を見かけることが多いけれど、皆さんは何を聞きながら走っているんだろう。もし、音楽を聴きながら走っているのだとすれば、自分の足運びにぴったりと合うテンポの音楽を聴いているのだろうか。それとも単純に、自分のすきな音楽を聞いているのか。テンポと足の動きがずれていても、特に気にならないのだろうか。

 

いずれにせよ、わたしが気持ち良いペースで走れると自覚している曲はけっこう限られていて、そのせいでいつも同じような曲ばかりを繰り返し聞いている。

気分よく走れる曲のBPMを確認してみたら、だいたい95〜96くらいの速さで、BPM98〜99くらいになると走りながら「少し速いな」と感じていた。

こんな微妙な速度の違いを体はちゃんと捉えられているんだなと思うと、しみじみ感嘆してしまう。同時に、自分が気持ちよく走れるBPMに合わせたMIXを作ってみるのも面白いかもしれない、なんて思ったりして。

自分が気分よく走れるために、自分の好きな曲を集めて、自分の足捌きに合うBPMのMIXを作る。これは面倒だけれど、なかなか面白いかもしれない。

 

こうやってまたひとつ、やりたいことリストの項目が増えた。

↓やりたいことリストについてはこちら。

 

 

ランニングアプリの変更

Runtastic使用をやめて、NIKE+Run clubとRun keeperの併用へ

機能的には似通ったところのあるRun tasticと、Run keeper。

以前はこの2つを併用していた。Run tasticもRun keeperも有料版でのみ使えるトレーニングメニューが色々と用意されているが、今のところ有料版に切り替える気はない。

Run keeperには無料でも利用できるトレーニングメニューが多少は用意されていて、かつ広告の表示が少ないので、Run keeperは継続して使用し、Run tasticの利用は辞めることにした。

 

その代わりにNIKE+Run clubをダウンロードして、Run keeperと併用している。 

Nike+ Run clubを使ってみて、よかった点・面白いと思った点は以下。

  • 基本無料。なのにトレーニングメニューが充実している

    ↓ランニングの時間に合わせた、いろいろなメニューが用意されている。

    NIKEのランニングアプリ

    NIKEのランニングアプリ

    NIKEのランニングアプリ 

  • 「マイコーチ」機能で週間のランニングスケジュールを立てることができる(けど、わたしはあまり使っていない)

    ↓ランニングのレベル、自分の走る頻度、「長距離」だと感じる距離、走る速度、身長、体重を入力すると、勝手にトレーニングメニューを作ってくれる。初心者向けのコースを選ぶと、週を追うごとに負荷が増えて行く。

    NIKEのランニングアプリ

    ↓自分が最初に選んだ走る頻度に合わせて、ちゃんと休息日も設定してくれる。休息日だけど走った場合には、翌日以降のランやサボってしまった過去のランに充当することができる。

    NIKEのランニングアプリ

  • SNSなどにシェアするときに、撮影した画像にステッカーを貼るなどの機能が充実していて楽しい(自分ミーハーなもんで、恐縮ッス)

    ↓ランニング中にとった風景に、距離、タイム、ペースを掲載して、ステッカーを貼った画像を、Twitter、Instagram、Lineなどで、シェアすることができる。わたしは亀ステッカーを愛用している。すきなんだよねー、亀。

    NIKEのランニングアプリ

  • 「音声ガイドラン」機能で、ランニング中に、走る時の心構えや姿勢などのレクチャーを聴くことができる (※詳しくは後述)

Run keeperには、ウォーキングのタイムをランと分けて個別に管理できる機能があるのだが、残念ながらNike+ Run clubではウォーキングとランニングのlogを分けることができない。

そのため、ウォーキング時にはRun Keeperを使用して、ランニングはNikeとRun Keeperを併用している、というのが現状。

 

Nike+ Run clubの「音声ガイドラン」のレクチャーが面白い

Nike+ Run clubを使うと、走る時の姿勢や、心構えについて、トレーナーからのアドバイスを聞きながら走ることができる。

上述のとおり、普段は音楽を聞きながら走っていることが多いので、音声ガイドランを利用することは少ないけれど、初心者向けの「30min.ショートラン」を利用してみたときのこと。

 

上述した走る姿勢の変化(肩の力を抜く、腕を振れば脚は自然に前に出る、など)を、トレーナーが語っていた。どうやら、わたしが新しい発見だと思っていたことは、ランナーにとっては何のこともない、ごくごく基本的なことらしいと知った。

他にも、呼吸の仕方や、おへその少し下を凹ませるように力を入れて、腰の少し上の背骨を立てて、上半身は立てて走ることなども音声ガイドにアドバイスされた。

 

音声ガイドは続けて、「走る人の数だけ、走るフォームはある。人によってさまざま」だとも言う。でも、少し走り方を変えただけでずいぶんと楽に走れるようになったことを考えると、基礎的な走り方や気をつけるポイントについては、自分で走って模索するよりも本などを読んで先人の知恵を借りたほうが、早いうちにより心地よい走り方を見つけられるかもしれない。

そう思うと、走ることについて、もう少し深く知りたくなった。

 

ランニングで得た気づきは、日常生活や適応障害にも当てはまるかもしれない。

ランニングしていると、気持ちよく自分のペースで走れる日もあれば、思うようにペースが出ない時もある。ときどき脇腹が痛くなったりもするし、以前傷めた右膝の関節に違和感を感じる時もある。

調子が悪い時は無理をしない。無理にペースをあげたりせずに、気持ちよく走れる速度を維持するようにする。脇腹が痛むときは、痛みを覚える側の腕をあげ、体の脇を伸ばすようにする。関節に違和感を感じた翌日は、ランの距離を減らしたり、その分をウォーキングに切り替えたり、思い切って休んだりする。

 

ランニングを習慣にし始めたばかりの頃は、調子が悪くなると「このまま足の痛みが続いたらどうしよう」「明日も調子が出なかったら、走ることを嫌いになってしまうんじゃないか」などと思うこともあった。

でも、今はそういったことを不安に思うことはなくなっている。

ちゃんと体のアラートに声を傾けて淡々と対処すれば、調子の悪い時はそんなに続かない。翌日にはまた気持ちよく走れるものだ、と体が覚えているので、調子が悪いこと自体をいちいち気にすることがなくなった。

「そんな日もあるよ。今日はそんな日なんだ」と思って、淡々と自分の気持ちいい走り方に意識を集中して、粛々と腕を振る。

 

このランニングとの向き合い方は、適応障害の気分の落ち込みの対処法にも少し似ている気がする。

最近のわたしは、少し気分が塞ぎ込んだり沈んだりしても、あまり悩んだり考えこんだりしなくなった。じたばた踠いたたところで、いま不調であること自体からは逃げられない。

「いまは”もやんちゃん”(※)が、心の中に居座ってるんだな。数時間すればきっと去っていくだろう」と思って、淡々とした気持ちで自分の心の中をのぞいたり、もしくは気晴らしにストレッチをしたり筋トレをしたりする。そうすると予想した通り、遅くとも半日もすれば気持ちはいくらか楽になっている。

(※ 実はわたしは自分の気分の落ち込みに名前を付けている。そうしたほうが、沈んだ気分を自分から切り離して客観的に捉えられるような気がするから。このことについては、また別に書こうと思う)

 

調子が悪い時は、淡々と粛々と、そのケアをする。

ちゃんとアラートを受け止めて、不調に向き合えば、ちゃんと回復してくれる。

そのことを体が覚えてくれたこと。フィジカルな学習。

 

アホなわたしは覚えたことをすぐ忘れてしまうけれど、走り続けていればまたすぐに思い出すだろう、とも思う。

フィジカルな復習。

この継続は、心が不安定なときに大きく逸脱してしまうことを防ぐための、よい筋肉になってくれるような気がしている。