適応障害からの365日の顛末

適応障害で休職中。回復へのトライ&エラーと、心地のよい暮らしを手に入れる過程の自分日誌。

適応障害 休職5週目の診察:主治医への不信感はよくある話らしいので、本の知恵を借りて回復日記をつける。

今日は週に1回の診察の日。

 

5分で終了した。先週くらいから病院を変えたほうがいいかな、と思い始めて、いやいやでもドクターショッピングってよくないっていうじゃない?もうちょっと我慢してみようよ、って自分に言い聞かせてたんだけれど、今日の診察5分。

うそーん、まじでーきっつー(苦笑)というのが正直なところ。

 

えっ、診察時間、短くね!?という主治医に対する不信感

休職して最初の1週間は仕事のことが頭から抜けきらず、2週目は診察室に入って問診が始まった途端に号泣。3週目は号泣こそしなかったものの、ぼんやりとしていたから、前回よりは回復していると主治医が判断したのかもしれない。

(休職の診断書を書いてもらったときも、感情失禁して不安でたまらなくなると号泣したときも、診察は10分程度だったけれど。)

 

適応障害で前回休職した際に読んだ「うつからの脱出 / 下園壮太」にも、ある程度症状がおちついて回復期に入ってくると、危うい時期は乗り越えたと医者のほうでも認識して、診療時間が短くなったり、(患者側からすると)ぞんざいだと感じられるような扱いを受けることが多くなり、ドクターショッピングしがちになる、と記載がある。

そんなときは、医者は薬で回復に向かわせる専門家であって、カウンセラーではないのだと割り切り、主治医の診察を受け続け、必要があるならばカウンセリングは個別に受けたほうがよい、と書かれている。

 

ふむふむそうか、と前回の休職時はやり過ごしたが、今日5分で診察が終わってしまって「ああ、またか」という思い。

病院が混み合っているならまだわかるのだけれど、診察室でたら待合室にいる患者さんはゼロだったので、尚更。

こういう時はどうすれば良いのだろう。

時々「うつだと言われていたけれど、別の医者の診察を受けたら双極だった」などという話はよく聞くけれど、わたしは適応障害〜うつ、もしかしたらADHD的な傾向が少しあるかも、という自覚でいるので、セカンドオピニオンを求めている、というわけでもない。

医者は診察するのが仕事なので、私の愚痴聞き役だったり、話し相手になる必要はないのはわかってる。診察以外にも諸々の事務処理的な業務もあるに違いないとは思う。でも、たった5分の会話で、わたしをなるべく早く良い状態に回復させるために必要な情報は揃うのかなーと不安にもなるし、あまりに短時間だと毎回少しずつ不信感が募っていってしまう。

 

今日の診察内容

ちなみに今日の診察で聞かれたことは以下。

 

・調子どう?

→先々週、先週よりは良くなった。日中わけもなく不安になったり、悲しくなって泣き出すようなことはないと回答。

 

・外には出てる?

→ここ4日ほどは、朝起きたら朝食をとって、30分ほどスロージョグしたあとに30分ほど散歩している。家にいると眠ってしまうので。その後は家でストレッチしたり筋トレして風呂にゆっくり浸かると昼、という感じ。

 

・朝は起きられてるの?

→6時に起きたくてアラームを鳴らすけれど、どうしても起きられずに8時台、遅い時には9時になってようやく体を起こすことが度々ある。

 

・眠剤は何時に飲んでるの?

→22時ごろ。ときどき23時ごろになってしまうこともある。

 

・熟睡はできてる?

→睡眠計測アプリの履歴を見せる。

f:id:sophy365:20180615172926j:plain

f:id:sophy365:20180615172917j:plain

わたしの主治医曰く、通常は深い眠りの谷が3つできて、その合間に浅い眠りが2度訪れる。私の場合は、通常より2度目の浅い眠りの時間長く、3度目の深い眠りの時間が短いのだそう。へー、知らなかった。勉強になります。

 

・夢はみるか?

→みる。

 

・でも忘れるか?

→起きた時は覚えている。

 

・活動量も増えたし、眠剤を少し減らしましょう。

 

・午後は何をして過ごしているか。

→復帰まであと2週間あるので、英語の勉強をしたいのだが、やる気にならない。実用書もあまり目を通す気にならない。エッセイや小説ならば読めるのだが。

 

・あまり無理して英語の勉強をしたりしないように。読書するならば、気軽に読める小説などを読むように。

→前回、適応障害で休職した時は1ヶ月程度で本が読めるようになっていたような気がするが…

 

・まずは体調・体力が復活して、1日の生活リズムが整って、脳が前と同じ処理能力まで戻るのは一番最後。今はようやく体が整ってきて、生活リズムを調整している段階だから、無理は禁物。今回は2度目なので、完全に復活するまで復帰のことは考えないほうがいい。

 

「じゃあ、眠剤は減らしておくから。次は1週間後ね」

という感じで診察は終わった。

適応障害の診察って、みんなこんな調子なのかしら。

 

本に頼ってみる

認知行動療法のカウンセリングを試してみたいと前回主治医に相談したときには、「そもそも短期間で効果が出るものでもないし、長期間でも効果も実感できない人もいる。週に1回時間をとって、数十年積み重ねてできてきた自分の思考を変えていくものなので、それなりにストレウもかかるし、もう少し回復してからでないとお勧めできない」と言われた。

上述の「うつからの脱出 / 下園壮太」にも、

認知の誤りを理解してもそれを克服できないと、苦しさは変わらない。さらに”わかっっているのに、できない”という不完全な自分を再認識するだけ、つまり自己嫌悪が増大するだけになりかねない。(中略)しかも、鬱状態にはエネルギーが低下している、考えすぎて行動が伴わないという特質がある。失敗する確率はさらに高くなる

と記載されているので、妥当な判断なのだろう。うんわかった、主治医やんなきゃなんないことはしてる。

 

一方で、上述の「うつからの脱出 」に書かれている”プチ行動認知療法”というのは、自信を回復し、認知療法では矯正する二分思考を「悪いものではない」と定義し直した上で、自分の感覚も大切にしながら考え方のバランスの修正を身につけていくというもの。

いくつか方法が掲載されていて、自分に合うものだけやってみればいいや、と気楽に考えて、いくつかは個人的に試してみたりしている。

そのうちの一つが「回復日記」。

わたしは、昨日より今日がよい状態になっていないと、「何やっているんだろう…」と落ち込んでしまうタイプで、特に回復期は落ちたら沈んだりを繰り返しながら上昇してくので、回復日記をつけると、先週できてなかったことが今週はできるようになってるじゃん!と月や週ごとで回復に向かってることを実感できるようにするための記録を実践している。

 

回復日記の内容

今日起きたよかったこと、前進・回復したと思われることを最低2個、記録する。

そして、あまり良くなかったこと、改善すべきことを1個だけ記載する。これについては、同じことを繰り返さないためにどうするべきか、発生自体を防げないのだとすれば、そのときに落ち込まずに冷静に対応するにはどうすればよいかを記載する。

 

良いことを2つ、悪いことを1つというバランスについては「うつからの脱出 」ではなく、同著者の「自衛隊メンタル教官が教える こころの疲れを取る技術」「自衛隊メンタル教官が教えてきた 自信がある人に変わるたった一つの方法」だったかもしれない。

  

 

下園壮太さんの本について

今のところわたしが読んだのは上記の3冊だけれど、どの本でも何か物事が起きたときのこころでの受け止め方を、「大人のこころの強さ」と「子どものこころの強さ」に分けて説明しているのが特徴で、特に最初に適応障害になったときに「うつからの脱出 」は、とても役になった。

自分が以前の自分ではなくなってしまったように感じられて、人間としてどこかが圧倒的に欠落してもう以前のような元気はつらつと笑える自分には一生戻れないんじゃないか、などと考えたときに、この本の以下のような内容は、自身の状態を知り、焦らずに回復に向かおうと思う気持ちの支えになった。

  • 適応障害やうつ状態がなぜ発生するのか
  • 抑うつ状態とは体やこころがどんな状態になっていることなのか
  • どういう経過を辿って回復に向かっていくのか
  • こころを落ち着けるための手法
  • 回復の停滞期に回復を実感するための方法
  • 復帰をする際に気をつけることは何か

 

やや余談であるが、こころを落ち着かせる方法の一つとしてフォーカシングという手法を紹介している一節がある。自分のフォーカシングのやり方は間違っているのではないかと思い始めると、「本当のフォーカシング」を求めてしまいがちだが、そんなものは存在しない。自分自身のこころとゆっくりと対峙する時間をもつことがフォーカシングなのであって、そこから気づきがあることもあれば、ないこともあってよいのだ。

そんなことを説いた後に挟まれる、以下の表現が、わたしはとてもすき。

それは潮干狩りに行くようなものだ。貝が採れるときもあるし、採れないときもある。ただ、潮干狩りが好きな人は、採れないときでも海岸に行って潮風に吹かれただけで気持ち良くなる。

 正解はない。個々人のこころが落ち着けばそれでよい。一見突き放したような主張だけれど、この比喩はとてもわかりやすくて、すっとこころに馴染んだ。

 

回復日記、おすすめします

わたしはもともと、日常の他愛もないこと含めて日記を書いたり記録したりするのがすきな人なので、あまり苦もなく続いている。もともとは仕事でも愛用していたMOLESKINの方眼ノートに記入していたけれど、最近はEvernoteを使っている。PCからはもちろん、スマホからも記録できるので、思ったことをパッと記録するのに便利だし、気分が乗らない日には眠剤を飲んで横になった後、ベッドでその日に起きたよかったこと2個、悪かったこと1個を箇条書きにするだけでもいい。

たくさんよいことがあって気分がノる日には、よかったこと、楽しかったこと、幸せだったことをたくさん書きつければいい。

(仕事のメモやホワイトペーパーのクリップにもEvernoteを使っていたりするので、日記は別タグで管理して、職場のPCでEvernoteを開いたときに、どろんとした闇のような日記が開かれないようにだけ、注意が必要である。PCをプロジェクターなんかにつなげていたりした日には、あわわわわ…)

 

1週間、1ヶ月したときに読み返すと、わたしはちゃんといい方向に向かってる、って思える材料になるので、おすすめ。

 

今日のよかったこと。

  1. なんとか7時台に起きることができた。
  2. 朝のスロージョギングを4日連続続けられている
  3. RunKeeperというアプリののPace Academyチャレンジのファーストステップ、Surgesを1発クリアした
  4. ジョグ帰りのクールダウン散歩中に、白い紫陽花がたくさん咲いている場所を発見した。紫陽花の中では白い紫陽花が一番好きなので、うれしい。
  5. 2駅先まで買い物に出かけられた。清々しい気分だった。
  6. 3食ちゃんと栄養のあるものを自炊して食べられた。(夕飯はこれからだけど)

 

今日の残念だったこと。

  1. 主治医の診察が5分で終了した。 

→本当はもっと話を聞いて欲しいんだと思う。きみは今週よくがんばった。ちゃんと回復してるね。この調子で行こう、と肯定して欲しいんだとおもう。わたしという承認欲求の塊は、医者にとってはただの患者なのである。医者は友達じゃないし、暇じゃない。回復に向けて妥当なアドバイスをくれて、わたしに合う薬を処方してくれれば十分だと考えよう。誰かに話を聞いてほしいのならば友だちと会えばいい。夫に吐き出すのでもいい。もしくは、感じたことをなんらかアウトプットしたいならば、ブログにでも日記にでも書けばいい。

 

こんな感じで。回復日記。

 

関連コンテンツ

sophy365.hatenablog.com