365日の顛末

適応障害で休職から転職。回復へのトライ&エラーや、心地のよい暮らしを手に入れる過程の自分日誌。

その後の治療経過。

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随分とBlogから離れていた。

 

うつの回復期が続いている。

ときどき、調子の悪い日もある。
とはいえ、ずいぶんと調子は良くなってきた。

なんだか仕事に集中できない日や、物悲しい気分になる時は健康な人にもあるわけで、自分ではその範疇に収まっていると思っている。



仕事は、コロナの影響で3月から在宅勤務が日常となった。

以前と変わらず1日に何度か打ち合わせはあるものの、ほとんどのやりとりはオンラインで行われる。月に1、2度出社やクライアントとの対面での打ち合わせが発生するかな、というペースである。

 

 

仕事では、以前のチームマネージャーとの相性があまり良くなかったこともあり、同じ部内の別のチームへの異動希望を出し、7月から異動が受理された。

在宅勤務の中でなので、異動の実感はあまりないのだが、新しいプロジェクトのPMを務めながら、日々バタバタと過ごしている。

新規プロジェクトへのアサインが重なった9月、10月は、プロジェクトの産みの苦しみによる「眠れない日々」を存分に味わった。
もちろん、「眠れない」といっても、深夜まで仕事しているわけではない。

諸々の調整事項・交渉などが錯綜する中で、プロジェクトの先行きの見えなさによる不安とストレスが原因で、深夜覚醒や早朝覚醒を繰り返した時期もあった。

でも、それも何とか乗り越えて、大きく体調を崩すことはくここまで来れている。

 

仕事を通しての、自己肯定感と自身の回復

前職でも前々職でも、マーケティング関連システムの活用コンサルティングや、導入プロジェクトのPMを担当してきた。

前職では、PMとしての業務を全うできずに適応障害・うつによる休職、退職となった。そんな経緯もあって、これまでは常に「今の会社で”自分の裁量でPM業を全うできた”という成功体験を積まなければ、職務に対する恐怖心や、シュリンクした自己肯定感を克服できない」という考えが常に頭の中にあった。

大概のプロジェクトでそうであるように、今担当しているクライアントもそれなりに癖があり、それなりに我が儘ではあるのだが、今のところはクライアントの満足感も悪くない状態で進行できている。

 

PMという職務上は、最低限の当たり前のことなのかもしれないけれど、わたしにとってこれは、とても重要な意味を持つことだ。

小さな成功体験や自信につながる経験が自らの傷を癒してくれている。

たとえプロジェクトで満身創痍になりながらでも、その傷を治しながら前進して、それなりに悪くない着地点に到達できること。

そんな日々の繰り返しが、自己効力感や自己肯定感を育んでくれて、何事に対しても「わたしにはできないのではないか」と及び腰になってしまう不安を薄めてくれていると思う。

 

とはいえ、例えば4年ほど前、適応障害になる前のように、夜中の3時まで平気で働いて翌日も元気に出勤する、ということは全くできなくなった。

それが、病気によるものなのかは分からない。年齢的にも40代を迎えたし、体力の低下によるものかもしれない。
でも、以前のように働かなければと考えることがそもそもなくなった。良し悪しはさておき、わたしの考えが「変化した」のだと思う。
つい1、2年ほど前までは「病前に戻りたい」と思うことが頻繁にあった。毎日仕事やら何やらにときめいて、やりたいこととエネルギーに溢れていて貪欲だったあの時期を思うと、とても日々がきらめていたと思うし、いまでも時々その眩しさが懐かしく恋しく思えることはある。

でもふと気づくと、同じような働き方、動き方をしたいと思うことは、ここ1年ほどでほとんどなくなっていた。自分が理想として追い求める姿と、現実の自分との間に解離があることは、わたしにとって大きなストレスだった。それがなくなったという意味で、好ましいことだと思って受け止めている。

 

自分の直感に自信が持てると、決断疲れが減ってが楽になる

加えて、忙しかった9月ごろと、いま現在のわたしも、精神的に大きく変わったと思う。

人の顔色を伺ったり、人の意見に左右されたりすることがずいぶんと少なくなった。変わったというよりは、ストレスを減らすために「意識して変えた」という方が正確かもしれない。単刀直入にいうと、自分本位になったと思う。

仕事以外でも言えることだが、他者と関わり合う以上、そこには意見や見識の相違や摩擦が発生する。

そういったシーンで「自分では何となく違うと思っているけれど、声の大きい人の意見に流される」ということがなくなってきた。

物事がうまく進まない際に、自分のやり方を疑って、関係者の助言を求めそれに従うことも多かったのだが、関係者が自分よりも事態を把握した上での判断ができる保証など何もないのだ。

もちろん、こまめに相談の機会を設け、皆の意見を拾うことは大切なのだが、他者の意見に従って行動した結果を引き受けるのは自分なのだから、自分が納得のいく決断をしないと後悔が残る。

特に、わたしが所属する組織では「船頭多くして」という場面も多々あり、意見が発散して収集がつかないまま、方向性を見失うという状態が散見されていた。

そんな中で、他者の意見に従ってうまく運ばなかった物事が、自分の直感や考えに従って行動したらスムーズに解決するような場面もいくつか経験し、それを通して「自分が正しいと思えることをしよう」と自然と思えるようになった。

わたしは、わたしの意見や直感、判断にもっと自信を持ったほうがいい。実体験を通してそう思えるようになったことは、とても大きな収穫だった。

そして、他の意見を確認するものの、良くも悪くも他人に期待をしなくなった。

 

日々は小さな決断の積み重ねで、その小さな決断のたびに迷いが発生すると、当然消耗する。そんな時に、(もちろんひとつひとつ、真剣に検討・吟味するんだけれど)自分の判断を信じることができるだけで、ものすごくストレスは減るのだ。

 

そして、ひとたび合意をとって決断したら、他人がどう思うかはあまり気にしないこと。わたしの知らないところで誰が何を思っていようが、何を言っていようが気にしないこと。
人の気持ちを慮ることは大切だし、相手の気持ちに配慮したコミュニケーションは重要だけれども、メンバーの心情を優先して判断ができるシーンは非常に少ない。そういう場面では、(必要な配慮はした上でだが)極論、伝えようという意思を持って発信された情報以外は、拾う義理はないのだ。

意思決定をせず、責任を引き受けるつもりもないのならば、黙って応援し見守ってくれ、くらいの気持ちでいること。

そう考えられるようになることで、いろいろな決断が格段に楽になった。

 

 

時期を同じくして、気が進まない他人からの依頼ごとを容易に引き受けることが減った。

これも、考え方の根底は一緒で「自分の直感や判断に従う」ということなのだと思う。

自分を大切にしてくれる人のことは大切にする。そうでない人からの依頼はほどほどにスルーする。

それは、自分を大切にすることの延長線上にある行動で、断ることに罪悪感を覚えなくても良いと思えるようになった。

この考え方の転換だけで、とっても生きやすくなる。日々、いろいろな物事と折り合いをつける中での、自分の心の中の摩擦係数が減った感覚がある。

 

 

これから

いま現在の服薬は、ジェイゾロフトとマイスリーのみ。

2月ごろから不妊治療を始めたこともあって、妊娠への影響が少ないこの2種類の薬に落ち着いている。

たまに、採卵と受精卵移植の間に少し効きの良い睡眠薬を頓服的に服用することはあるが、サインバルタなど胎児への影響の臨床研究が進んでいない薬剤の使用は止めている。

 

これからのわたしがどこに向かうのかは、まだ分からない。

今は不妊治療と仕事を全うすることに精一杯なのが、正直なところだ。

 

コロナの影響を受けて、外出の機会は格段に減ったし、知人・友人と会う機会もめっぽう少なくなった。自由になる時間で何か楽しみを見つけて活動するということも少なくなってしまった。
音楽も、植物も変わらずすきな気持ちはあるのだが、アナログレコードに針を落としてゆっくりと聴きたいという欲求はあまり湧かなくなったし、植物の手入れもずっとおざなりなままだ。

 

在宅勤務で運動量も減ったため、筋力・体力が減る一方で、気づけば体重のみが増加している。時折、こころに霧がかかったように感じる時には、自宅や近隣で思い切り体を動かして汗を流す。

目下の楽しみといえば、夏頃から始めた筋トレやエクササイズ・ストレッチで自分の体がどう変化していくかを観察するというささやかなもの。そして時々、幸運にも子どもを授かれた後の暮らしを妄想することくらいだ。

もう少し、何か打ち込めるような物事、考えると心躍るような何かがあるといいのかな、と思ったりもする。でもそれが何なのかは、まだよく分からない。 

 

これからどこに向かうとしても、そんなに悪い場所ではないんじゃないかと思っている。

そう思えるようになったことが、何よりの回復の証なのだと思う。