適応障害からの365日の顛末

適応障害で休職中。回復へのトライ&エラーと、心地のよい暮らしを手に入れる過程の自分日誌。

「冷えとり」への執着に感じる違和感は、宗教のそれに似ている。

冷えとり用の靴下が初めて破れた。「冷えとり」の作法によると、これは冷えをとることによって、体の毒素が外に出て行った証なのだそうだ。

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ほんとかよ、磨耗じゃねぇの、という疑念を抱きつつ、でも体を温めるのは良いことだよね、とも思いつつ、これまでなんとなく感じてた「冷えとり」への違和感、抵抗感について考えてみた。

 

わたしは自分が居心地よくあるために体を冷やさず、温めるべきだという考えには全面的に賛成している。でもいわゆる「冷えとり」賛同者ではない。

いちおう前もって補足させてもらうと、これはわたしの個人的な好き嫌いの話であって、「冷えとり」をしている人を批判する意図で書く訳ではない。

 

 

 

体を温めたいわけ

誰しもそうだと思うが、疲労がたまると体調を崩しやすくなる。

わたしの場合、業務がキャパのギリギリな状態が何ヶ月か続いたり、キャパオーバーすると、わかりやすく風邪を引く時期があった。しかも長引いて咳が取れない。咳って意外とカロリー使うから、体力も消耗するし、夜中に咳が出ると熟睡できない。

抵抗力を高めたいと思った時に、基礎体温が上がるだけで、体の抵抗力は高まるという記事をどこかで目にした。

情報の真偽は定かじゃない。体温を34度とかに下げる治療を行うと感染症にかかりやすくなるっていうデータはあるらしいけれど、わたしの体温は36度代だから、仮に1度も上がってしまったら困るわけで、そんな劇的な変化は求めてはいないけれど。

うちの母は冷たいものが大好きで、夏場になると氷をボリボリ噛んでいるような人間なのだが、膀胱炎の再発を繰り返しており、医者に止められて氷を食べることをやめたらそれ以来膀胱炎が再発しなくなったというし、体を内側から冷やすことはあまりよくないのだろう、たぶん。

 

手足が冷えていると体が縮こまるので肩がこるし、肩がこるとなんだかイライラしてくる。弱気にもなるし、おおらかでいられなくなる。

だから、からだ健やかで、こころ穏やかで、居心地よくあるように、体を温めたいと思うようになった。

 

冷え性だったわたしが以前から試していたこと

子供の頃から手足が冷える体質だった。まだ母親と同じ布団で寝ていた幼い頃、冬場にわたしの足先の冷たさに驚いた母が、自身のふくらはぎにわたしの足指を挟んで寝付かせてくれた。心地の良い暖かさで、安心した。

一人暮らしをして手足が冷える日に、ふとそれを思い出して、冬場には湯たんぽを使うようになった。

オフィスでは冬はもちろん、夏場も冷房対策でブランケットをひざ掛けにしている。

前職ではレンジで温めて使えるタイプの湯たんぽを足元においていた。後輩に「それ、デスクの下で足に直接当てて使ってるんですか?」と聞かれて「うん、そうしないと冷えちゃうんだ」って返した時に、「同じ電子レンジで僕らが弁当を温めていることも覚えといてくださいね」と言われて、苦笑いしながらサーセンと謝ったりしていた。

話がそれてしまった。

あと、冷たいものをなるべく飲まないようにして、水ではなくてお湯(ちゃんとした白湯なんてたいそうなものじゃない、レンジでチンしたやつで十分)を飲み、冬場は腹巻を追加したり、必要に応じてレッグウォーマーで脚を温めたりして、しっかりとお腹と足腰を温めることに重点を置いていた。

 

冷え性のわたしが「冷えとり」を知った

6、7年前だったと思うんだけど、「冷えとり」がブームになるちょっと前に「冷えとり」のことを知った。服部みれいさんがmur mur magazineを創刊した頃に青山ブックセンターだかどこかで立ち読みしたのが最初だった気がする。

冷えとりは、シルクと綿(もしくはウールや麻)の天然素材100%の靴下を何枚も重ね履きするのだという。肌に触れる1枚目はシルクの5本指靴下、二枚目は5本指の綿、次は先が丸い形のシルク、その次は先丸の綿、そんな具合に。

そういう靴下の履き方をして生活していると、それまで冷えを自覚していなかった人が、体が冷えていることを自覚するようになるという。へー、と思った。

そして、絹は体の毒素を吸い出す力があり、その毒素を綿が吸収する。毒素が溜まった場所は、まるで繊維が溶けたように、急にぽっかりと穴が開くのだそうだ。なんなら穴が開いた箇所によって、体のどこ部が不調だったかもわかるらしい。ふーん、と思った。

そして、毒出しの証拠として「めんげん」という好転反応の前の悪い症状が起こるのだそうだ。発疹や水虫、その他の不調もめんげんなんだという。ほー、と思った。

 

「冷えとり」の素材、シルク推しには賛成

冷えとり関連の情報を追っていくと、「体に触れるものは絹がベスト」「絹でなくても綿や麻などの天然素材のものを」と書かれている。時代はナチュラル志向で、ロハス的なブームが背景にあったこともあって「冷えとり」がブームになったんだと思っている。

 

わたしは肌が弱く、幼い頃にはアトピーがあった。今はアトピーは完治して、夏場に肘の内側に汗疹的なものができたり、疲労が溜まった時に首に正体不明の発疹が出ることがごく稀にあるくらい。

でも、天然素材のものを着ていると心地はよいし、何より肌の調子がよいのはわかる。

特にシルクという素材の軽さと吸湿速乾性は身につけていて心地よいと思う。

数年前、冬場の寒さに負けて、UNIQLOヒートテックを愛用した時期があったが、汗っかきのわたしは、汗などの湿気に反応して発熱するヒートテック素材が全く肌に合わず、着用すると通勤電車の中で背中をつたう汗が止まらない。結果、デコルテから背中にかけてマラセチアの湿疹がでた。

※マラセチアっていうのは皮膚の常在菌でカビの一種。抵抗力が弱まったりすると、赤い発疹がでる。

そんなこともあって、肌に触れる素材はできる限りシルク、もしくはコットン、加えて夏場は麻を選ぶようにしている。シルクのタンクトップを着るようになってから、マラセチアに悩まされることはずいぶん少なくなったし、シルクのレギンスを履いたら冬場の乾燥による脚の痒みも治まった。蒸し暑い季節、麻の通気性や速乾性はとても清々しいのもたしか。

で、それまでは靴下に高級素材のシルクなんて!と思っていたけれど、去年の秋口にちょっと奮発して1週間洗い替えできるくらいの量のシルクと綿素材の靴下を買ってみた。

 

靴下の重ね履きは確かに冷えに効くと思うけど…

5本指のシルクの靴下は確かに気持ちがいい。汗っかきのわたしは足指の間にもひどく汗をかく。パンプスにストッキングで夏場に足用の制汗剤を塗り忘れた日なんて、デスクの足元に消臭力を置いた方がいいかしら、などと思うことがあるほど。恥ずかしながら、帰宅後に自分の足の臭いを嗅いだら、「酢飯かよ!」て思った。

そんな足汗に悩むわたしにとってシルクの5本指靴下はとても快適だ。(でもオフィスではストッキングなんだけどさ)冬場で冷える時に重ね履きをすると足がポクポクと温まり、なんだか心がホッとするというのも実感できる。

でも雪の日も4枚程度重ね履きすれば十分。この時期なんて2枚で十分。内側が絹、外側が綿になっている5本指靴下ならそれ1枚でちょうど良いくらい。

「冷えとり」に傾倒する人のようにそれ以上の枚数を重ねる気になれない。「普段は10枚くらい重ねて履いてます」というような人を雑誌やWebやリアルで目にする度に、なんか違和感を感じる。

 

体を温めてよかったこと

そういうことを無理のない範囲で数年かけて続けてみて、よかったな、と思うことがいくつかある。

  • 自分の気持ちを落ち着かせる方法を知った

不安な時は脚や腰を暖かくする。暖かい飲み物を飲む。そうすると幾分か気持ちが安らぐ。自分の気持ちのコントロール方法を知ることは、なるべく居心地よく生きるための知恵だと思ってる。

 

  • 平熱が0.2度だけど上がった

冒頭に書いた通り、それが抵抗力にどう関係しているかは定かじゃないけどね。

 

  • 風邪を引きにくくなった

以前は冬になると毎シーズン2、3度くらいは発熱した。それがなくなった。

わたしの場合は喉から風邪の症状が現れることが多いのだけれど、喉に違和感を感じたら、蜂蜜を喉に直接垂らして眠るようにしていて、そっちが効いてる可能性もある。

以前よりは健康的な食生活を送っているので、そっちの影響の方が大きいかもしれない。

 

  • 要らないものを買わなくなった

これは副次的な効果だけれど、天然素材のものが肌に触れていた方が心地よいことを知ったので、どんなにデザインが気に入って素敵でも、肌に触れるようなもので化繊素材のものを選ぶことが減って無駄な買い物が減った。

まあ、水着とかね、化繊じゃないと仕方がないものもあるし、絶対天然素材!みたいな執着は行き過ぎだと思うので、適当なんだけれど。

 

「冷えとり」への違和感の根底にあるもの

冷えとり実践者の記事を見ていたりすると、「もう10年も冷えとりに取り組んでいて、靴下を何枚も重ねばきしていて、家族みんなで取り組んでいます。健康になりました。でもまだめんげんがでるんですよ。現代生活は体に毒がたまりやすいんですね」みたいなことが書いてあったりする。

まだめんげんが出るっていうのは、「冷えとり」の効果がないってことじゃないのか。

家族みんなで何枚も靴下を重ね履きしていたら、洗濯かごのなか、靴下だらけにならないのか。面倒臭くないのかな。わたしなんて、たいした枚数履いていないにもかかわらず、洗濯物を干すときに、内側に入り込んじゃった5本指靴下の先を伸ばすのが億劫で仕方がないんだけれど、わたしがズボラなだけだろうか。

 

「ずっと不妊症で悩んでいました。でも不妊症治療をして、冷えとり靴下を何枚も重ね履きして3年、ようやく子供を授かったんです」なんていうのもある。

そっか、それはよかったね、でもそれ、不妊症治療と冷えとりと、どちらが要因として強いの。冷えとりとの因果関係はあるの、とかひねくれ者のわたしは思っちゃう。

 

事故ですら「めんげん」って表現している人が多いのにも驚く。

 

たぶんわたしが「冷えとり」という言葉に抵抗を感じるのは、「冷えとり」への執着が宗教的だからなんだと思う。

科学的根拠に乏しい。そして、いいことは「冷えとり」のおかげ、悪いことは「冷えとり」のおかげで毒素が外に出て行った証として悪いことが起こった、と変換処理される。

 

わたしたちは弱い。途方にくれたときに「けれど、わたしは何らかに継続して祈りを捧げてきたから、それが報われてよくなれるはず」と思うよすがのようなものを求めてしまう。

「努力は必ず報われ実を結ぶ」というのは子どもの心の強さなのだと、ある本に書いてあった。

心地よくあるための秘訣や知恵は頓服としてたくさん持っていていいと思うけれど、「これがないと駄目」というしがみつきとか執着は、わたしはできるだけ減らして生きていきたい。(いまそうできている自信もないけれど。)

 

身につけていて気持ちいいからシルクの5本指靴下はたぶん履き続けると思う。シルクのスパッツも冬場の湯たんぽと腹巻も。でも靴下を何枚も重ねたくはないし、派手な靴下を履きたいときには、シルクの靴下の上に化繊のお気に入りの靴下を履く。

 

少なくとも、今のわたしにとって、そのくらいの「冷えとり」との距離感が心地いい。